過去ログ14件の旅日記を、読みやすいように時系列に1記事にまとめたものです。

2009、10年と2回、車中泊しながら
北海道をスケッチ旅をしてきた。2011年は東北震災があったので、少し間をおき、駒ヶ岳と函館の八幡坂を描き、津軽海峡を渡り、岩木山と岩手山を描いてこようと計画していた。


天候が安定する5月中頃に行きたいと思っていた。しかし、2013年の北海道は、5月中旬なのに雪が降り、低温が続いていた。

無理は禁物、サブで計画していた奥能登に行くことにした。かつて、4/末に白馬の車中泊で、寒くて震えことがある。その教訓で、今回は-2℃仕様のシェラフを準備した。

 

奥能登ルート図 (640x540)


奥能登までの道中は長い。行き帰りの途中、今まで描きたいと思っていても、まだ果たせない妙高、白馬野平、小谷、御岳開田高原にも寄ることにした。

北海道では、「キャンバスをもっと持ってくれば良かった。」と、いう反省があった。車中泊なので、荷物は出来だけコンパクトにしたい。今回はサイズダウンし、8号を夫婦4枚、計8枚用意した。


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1日目(5/12)自宅―妙高

昨日までは雨。天気予報によると12.13.14.15と晴れが続く。「それじゃあ、今日出発しなくちゃ」と、2人の意見が一致。急いで用事を済ませ、午後出発した。

中央高速、長野自動車道、上信越道を走って、妙高高原SAに着いたのは夕方だった。ここには、オートオアシス風の駐車スペースがある。

妙高sa
妻のスケッチ(妙高SA)

先客は1台のみ。背後に雪をかぶった妙高が、間近に見える。オートキャンプ場にいるようだ。-2℃仕様のシェラフは快適だった。明日が楽しみ。                   (妙高高原SA泊


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2日目(5/13)妙高―野尻湖―鬼無里―白馬

野尻湖

良い天気だ。少し北の中野ICまで走って、上信越道を降りる。18号を南に野尻湖方向に逆戻りしながら、妙高のスケッチポイントを探す。

妙高は南から見たほうが形が良い。南に行くのも悪くはないが、とうとう野尻湖まで来てしまった。

湖を左回りに走り、湖畔に降りる道を見つけた。そこは偶然にも、大勢の著名画家が描いたポイントだった。シーズンには賑わう所だろうが、誰もいないので、ゆっくり油彩で描いた。

野尻湖 (640x529)

野尻湖(F8油彩)

午後、野尻湖を出発。36号線で戸隠高原を越え、通称、鬼無里街道で白馬に向かう。何年か前、富山からの帰り道に、この道沿いで”山里の春”を描いた。

今日は、その場所を逆方向にゆっくり通過した。やはり、ここは絵心を誘われる。ルートにある大出の釣り橋はパスし、白馬へ。

以前、白馬に寄った時、地元の人から「野平は青鬼より良い」、という事を聞いた。野平は一度来てみたかった。

野平は、確かに素晴らしい。先客が2人、白馬3山を描いていた。「今日、油彩で2枚描いた」と興奮気味だった。陽が回り、逆光で今日はもう描けない。
                 (道の駅 白馬泊)


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3日目(5/14)白馬―小谷ー氷見

白馬野平

昨日ほどではないが、今日も良い天気だ。朝一番で、白馬野平へ。

妻は、少し小高い畑の隅で描くことにした。菜の花が咲き、その向こうに白馬が見える。私はさらに歩いて、集落の集会所の木陰へ。この旅、2枚目の油彩が描けた。

白馬野平 (640x541)

白馬野平(F8油彩)

 

菜の花畑にいた地元のおばあちゃんが、妻の横に座り、昔のこと、今のこと、子供の頃のこと、いっぱい話を聞かせてくれた。

「この菜の花は、出荷するのですか?」、「いや、これを見た人が喜ぶと思うからさ」、「ここは、いいところですね。」、「ここで生まれて、ここで育ったから、ほかは知らないけれど、ここが一番。来た人来た人がそう言うし、そうかなとも思うよ。」、「ここで野菜を作って、この下の田圃に水を入れて、私のばあさん(実母)が99で亡くなったように、元気で長生きしたいもんだ。」

節子野平のおばあちゃん (287x400)

白馬野平のおばあちゃん(妻の作品油彩4号)

 

近年、白馬村が、景観保存地域として整備したらしい。新しい道を造り、前の山を削り、点在する山の田圃を整理統合、前がひらけるようにした。以前は、遠回りの道で、苦労したらしい。


「家は、もうちょっとだけ上だけど、寄っていきな。一休みしているから、何もないけど、お茶でも出すよ。」

 

小谷村

能登に行く道筋で、ここからすぐ北にある小谷村にも寄っていきたい。


数年前、富山からの帰り道に寄った小谷は、4/末なのに、雪が舞うような寒さだった。その時は、スケッチポイントを探し回っただけで、1枚も描けなかった。

今日は良い天気だ。148号が、JR大糸線の南小谷駅のすぐ近くで、姫川を渡る。その姫川に架かる橋の上でスケッチした。流れは急で、この前方にある日本海に向かって、流れ下って行く。

雪解け水で水量も多い。橋の上は陽を遮るものはなく、じりじりと、かなり暑かった。前回来た時と、時期的には、半月しか違わないのに、大違いだ。遠くに雪山、中景に山里、近景に川、典型な風景画の構図だから、苦労なく、小谷らしい1枚が描けた。

小谷 (640x552)
小谷村(F10油彩)

 

いよいよ能登へ。小谷から、ほんの数十分の間に、日本海の海霧で天気はがらりと変わった。糸魚川ICから、北陸道に乗り、能登が近づくごとに、ますます霧が濃くなった。氷見の雨晴海岸に着いた時には、白の世界だった。             (道の駅 氷見泊)


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4日目(5/15)氷見―穴水―狼煙

穴水

心配していた海霧は消え、今日も晴れ。しかし、楽しみにしていた、氷見の雨晴海岸からの立山連峰は見えない。

富山湾側から奥能登を目指す。しばらく走っても、少し黒瓦の屋根が少し多い程度で、普通の町並みと、さほど変わらない。和倉温泉あたりは、まったく普通の町並みになってしまった。

七尾湾北湾に入った辺りから、少しづつ町並みが変わり始め、穴水の手前あたりで、ようやく、「これが能登の雰囲気かな」と思う景色になった。

能登穴水 (640x547)

能登穴水(F10油彩)

 

内湾の海は、波もない。人の動きも、まったく見えない。

神社は普通は、山側にあるが、ここは海側にある。海辺まで低い田圃が拡がり、その中に、小さな林に守られた鹿島神社があった。海の中に神社があるような、不思議な風景だった。

その入り口に腰を降ろし、音もない静かな海辺をスケッチした。

 

狼煙(のろし)

穴水で能登らしい1枚を描いたので、とりあえず一安心。能登は初めて来て様子が分からなかったので、海岸線から離れたメイン道路を走ってしまったようだ。見るべきものもなく、最先端の狼煙に着いてしまった。

狼煙の道の駅には、次から次と観光バスがやって来る。観光客は、ゆるやかな坂道のぼり、禄剛崎灯台に行って、15分程で戻ってくる。そして、おみやげ物やを覗いて、サッ!と、バスは帰っていく。バスが途切れたら、あっという間に、人はいなくなってしまった。

私達も禄剛崎に行ってみた。絵になりそうなところは無い。北海道スケッチでも感じたことだが、無人化された灯台は、シンプルすぎて趣がない。

坂道を戻って来る時、狼煙の港が見えた。他にポイントはなさそうなので、ここでスケッチすることした。港は拡張工事中で、大きな突堤は新しく、能登らしさは感じられなかったが、黒瓦の屋根が、かろうじて奥能登の雰囲気だった。

奥能登狼煙 (640x498)

奥能登・狼煙(F6油彩)

 

見晴らしの良い、自分の土地に、ご先祖様のお墓があるのだろう。スケッチをしている脇で、80は超えたであろうお婆さんが、草取りをしていた。

白馬でもそうだったが、日常生活で、普通にこんな仕事をしているから、とても元気だ。

「あんた方はプロかね?」80超のおばあちゃんの言葉とは思えない、思いがけない尋られ方をした。「いいえ、どうして?」「プロだったら失礼だからね。」「寺井重三を知ってるかね?」「この下が寺井重三の実家だ」。また、びっくり。「わたしんちは、寺井重三の実家のすぐ裏だ。寄っていきなせー。」

昔は、海水浴客が大勢来て、民宿も繁盛したという。最近は客が少ないらしい。道の駅の様子からすると、道路事情が良くなって、日帰り客になってしまったのだろう。地元にとって、良いことか悪いことか?                     
(道の駅 狼煙泊)


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5日目(5/16)曽々木―白米―輪島―志賀

曽々木海岸

昨夜は、遠くで雷が鳴り、強い風と雨になった。朝、雨はやんでいたがが、曇っていて寒い。今日から、奥能登の外海側を行く。

景色は穴水側と一変。崖が海岸まで迫り、人の住める平坦な土地は狭い。冬は外海からの北西風で、厳しい生活が想像された。天気がイマイチなので、絶景と云われる曽々木海岸も、さほどでもない。とうとう、輪島の近くまで来てしまった。

妻が、「これでは、残念すぎる」。また、10kmほど逆戻り。車の中から、奥能登のバス停をスケッチ。私は、やはり、気が乗らないので、じっと待ち時間。

 

白米千枚田

その後、ふたたび、輪島方向へ向かい、白米の千枚田へ。

白米千枚田 (640x468)

白米千枚田(F4油彩)

 

千枚田は期待していたが、すでに、観光地。遊歩道も整備され、シーズンにはライトアップされるという。一度、見てみなければ、何とも云えない。でも、勝手な思い入れだったが、もう自然ではなかった。

 

輪島・外浦大沢

朝市には興味はないので、輪島の町は通過。このまま249号を走り続けても、なにもなさそうなので、町外れで海岸道路の38号に入った。

これが大正解。しばらく行くと、伊豆でも、北海道でも、見たことがない漁村風景に出会った。狭い平地に、黒瓦の民家がぎっしり並んでいる。港はさほど大きくはない。これだけの民家が、漁業を生業としているのだろうか?

輪島大沢

輪島・外浦大沢(F10油彩)

 

38号は、この集落の上を、緩く左カーブして通っている。冷たい風が吹き抜ける。防寒服を着て、橋の上から、家並みを丹念にスケッチした。

家並みの中には、人影も見えない。38号は車も通りかからない。そんな中、上がり勾配の道を、おじいさんが、自転車を押しながら通り過ぎた。例によって、妻は私と離れたところで、港の反対側を描いている。

おじいさんは、妻のところで立ち止まり、何か話している。「お父さんが、あっちからこっちを描いて、お母さんが、こっちからあっちを描いて、こりゃあ、いいわワッハッハ!」。田舎の人は、素朴だ。都会だったら、こうはいかない。

その後、このまま海の見える山道を道なりに海岸に下って行くと、竹囲いのある集落に出た。細かい小枝を束ね、良く手入れがされ、立派な家並みだ。厳しい北西風が吹くのだろう。ここには確かな人の生活がある。249号に戻り、一気に南下。 (
道の駅 ころ柿の里志賀泊)


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6日目(5/17)志賀―白川村―高山

白川村

今日から帰り道。妻が、予定になかった「五箇山と白川郷を見たい。」と、云う。私は、職場旅行で白川郷に行ったことがあるので、気乗りがしない。「一般の主婦は、何処にも行ったことがないのよ。」と、訴えられた。道なりだから寄ることにした。

東海北陸自動車道をひた走った。五箇山は、道路工事で集落の中には入れなかったが、妻は熱心に藁葺屋根をスケッチしていた。

次いで、白川郷へ。ここは車が連なり、混雑していた。流れで、そのまま駐車場に誘導される。大勢の観光客が、吊り橋を渡って、集落に向かって行く。それを見て、妻が、「やめよう」、駐車場の入り口でUターンした。

職場旅行で来た時は、もっと長閑だった。丘の上の駐車場から集落が見渡せた。今は、そのようなものは無く、高速が走っている。世界遺産になり、大勢の人が、これでご飯を食べている。良いこともあり、悪いこともある。


インターの近くに戻ると、絵になりそうな雪山が見えた。地元の人に「あれは白山か?」と尋ねたら「白山は見えない。白山はあの山の向こうだ。」とのこと。白山スーパー林道が見える。昨日は輪島で防寒着だったが、一転、今日は暑い。

電柱の細い日陰に入り、じりじり、陽に焼かれ、白川郷ではなく、白川村を描いた。

白川村 (640x554)

白川村(F10油彩)

 

高山郊外の市営日帰り温泉で汗を流し、高山の町並は車中から眺め通過。明日は御岳を描く予定だから、なるべく近くまで行っておきたい。高山から木曾街道に入り、夕方には、道の駅 飛騨たかね工房に到着。

テーブル付きのベンチがある。夕食は東海北陸自動車道のSAで買った本格鱒寿司と、高山で買ったスーパードライ。薄暮の中、山間に上がった月を眺め、至福の一時。

この夜、気温は8℃まで下がったが、羽毛シェラフは快適だった。                    
(道の駅 飛騨たかね工房泊)


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7日目(5/18)高山ー開田高原―自宅

木曽御岳・開田高原

ここは一度、来てみたかった。今日も快晴で、青空の真ん中に、御岳が堂々たるものだ。期待とおりで素晴らしい。

木曾街道は久蔵峠で交通止めになっていたが、なんとか展望台まで行くことができた。展望台から見た御岳は、雄大すぎて絵にしにくい。

麓の集落まで戻って、スケッチポイントを探した。白馬辺りでは、もう田植えは終わっているのに、ここの田圃には、まだ水も入っていない。奥能登では、
たくさんの休耕田を見たが、休耕田でも無さそうだ。

快晴御岳 (640x534)

御岳快晴(F8油彩)

 

御岳の麓に、高山方面に向かう木曾街道が見える。 広目の農道に車を停め、ゆっくり、この旅3枚目の油彩を描いた。


木曽馬の里

御岳を描いたら、この旅で最後の目的地、木曽馬の里に行く。久蔵峠を迂回する案内図が掲げてあったが、まったく分からない。道路工事会社が描いたものだが、天地を逆さに描いてある。道に迷いながら、やっと木曽馬の里に着いた。

牧場全体は個人の所有地で、それを一般に開放しているのだそうだ。なんと心の広いことか。

午後の日差しで逆光気味の景色の中で、木曽馬を描いた。

木曽馬の里 (640x497)

木曽馬の里(F6油彩)

木曽馬だけを描くなら、どこでもかけそうだが、御岳をいれて描くには、絵になる方向が限られる。ここを描いた画家の絵を何枚か見たことがあるが、同じような構図になってしまうのは仕方ない。

木曾街道を木曽福島まで南下。権兵衛街道を通って、伊那ICから中央道に乗り、帰路に。


奥能登スケッチ旅1500キロは、天気に恵まれた良い旅だった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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