季節の風の中で

自然に感動した時、生きている事を実感する。その感動を誰かに伝えたい

カテゴリ: 我が町・平塚風景

牧場と云っても、”まきば”ではない。ここは私の畑から見える乳牛舎、四方から住宅地が迫ってきている。

畑を始めて10年になるが、この風景は変わらない。残された市街化調整区域だからだろう。私には貴重な田舎風景である。

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手前のサツマイモ畑は、伊東牧場のものではない。そういう品種なのか、今年は苗を植えたのは遅かった。11月半ばなのに、まだ収穫してない。

午後の陽射しの中で、秋色の芋畑と牛舎の組み合わせが良かった。今迄、この季節に、この組み合わせはなかった。

耕していた頃を見て知っているから、耕運機の轍に生活感を感じた。

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今日は秋晴れ。「お父さん今日のご予定は・・?」。「ん!・・」。
何処かに連れていけというサインだ。秋ジャガの養生も、サツマイモの収穫もあるが、今日でなくてもいい。

最近は、描きたいという心が動かない。行きたいところも思いつかない。とりあえず、隣町の秦野方面に向かう。


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大根川を背に熱心な妻 南の空は晴れているのに大山には濃い雲

「寄らないの?」、いつも昼食にヤマザキでカツサンドを買っていくのだが、今日は忘れそうになった。

いい風景は季節と時刻に依る。今日の遠藤原はダメだった。丹沢が見えて秋色になるのは11月中頃かな。


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稲刈り後は切り株からすぐ青い芽を出す 季節感を表しにくい

結局、いつもの大根川に落ち着いた。
この風景なら、うちの畑から見える伊東牧場の方がいいなあ。


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こんな作品名をつけたら、「どっか聞いたことが・・」と、苦笑いされる。でも、そんな情景だった。

夕暮れの風景は刻々変化する。スケッチ時間が限られ、描き切れない。残った印象から描くのは難しかった。

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夕暮れの玉縄桜(F6油彩)

夜景を描く方法として、
「昼間のうちに輪郭をスケッチし、夜になったら色を塗る」
かつて、ジブリの背景担当者が、こんなことを云っていた。

本当に熱意があったら、似たようなことをするんだろうな。
イメージしていたものと多少違うが、まあこんなところで・・。

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宇宙に行って帰って来る時代なのに、マスクや消毒用アルコールくらい、何とかならないのかと思う。

おそらく、手洗い、マスク、ソーシャルディスタンスだけで、コロナは終息しない。治療薬とワクチンが出てくるまで耐えるしかない。

外部接触は、妻の週1の食糧買い出しくらいだから、コロナに捕まるか逃げ切れるか、あとは運しだいだ。


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金目川・飯島あたり(油彩F4)

2人展を、隔年で8回やってきたが、来年、9回目ができるか分からない。生きるか死ぬかの問題ではないから、さほどのことではない。

コロナのせいばかりでもないが、最近はスケッチ旅行に行っていない。
次回のテーマは、我が町風景にしようと思っている。

過去スケッチから、金目川を油彩にした。海と同じように川も好きだ。平塚を流れる何本かの小さな川は、いずれも丹沢山系から来ている。どの川を描いても、丹沢山系を背にした、似た構図になるのが難点でもある。


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今年は、コロナ対策で人を避け行動しているから、夕暮れの桜を長い期間眺めた。花は静かに終わり、葉が目立ってきた。

去年、渋田川で見た夕暮れの桜は、無風の湿った空気に包まれ、夕空と渾然一体となって美しかった。空気までも桜色に滲んでいた。
暗くなる寸前で、描く時間もなく、見るだけだった。


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夕暮れの渋田川(不透明水彩)

今年は、それを絶対描きたいと思っていた。しかし、今年の桜は違った。去年見た渾然一体の桜は、偶然の情景だったのだ。

今年も、普通の風景スケッチしか描けなかった。

夕暮れの空に対し、逆光の桜はもっと濃かったが、全体に抑え目にするしかなかった。

見えたものと感じたものは違う。まして、写真では、まるで違う。
人の目は何を見ているのだろう。感じたものを描く力とは、どういうものなんだろう。



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