季節の風の中で

自然に感動した時、生きている事を実感する。その感動を誰かに伝えたい

カテゴリ: 南魚沼車中泊スケッチ旅650k

昭和村のキャッチフレーズは日本一美しい村だ。
福島にも昭和村がある。戦後の昭和に開拓したのだろう。そこのキャッチフレーズも同じように日本一美しい村とか。


ここは群馬県利根郡昭和村、関越道の昭和ICを下りてすぐの森下、赤城SAから見下ろす台地の外れになる。

昭和村
昭和村(油彩F8)あとでPに張り替えよう

まもなく1年、去年5月に南魚沼車中泊スケッチに行った帰り道にスケッチした。


高原野菜の苗が少し育った状態だが、重なって薄黄緑できれいだ。
前方の谷川連峰が美しい。その左手奥が三国峠で、その向こう側が前日までいた南魚沼辺りだ。

むかし
、谷川岳はマチガ沢での遭難事故が多く、魔の山のイメージがあった。
今はそんなニュースは聞かない。

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理想とする画家は中村琢二。油彩を始めた高校生の頃から、60年経った今でも変わらない。琢二は、2本の線を交差させるだけで、4っつの山を自然に表現した。

この風景を見た感動を、太目の筆でタッチで表現したかったのだが、しょせん私の力量では無理な話。


魚沼
魚沼(油彩F8)

窮余の策で、細い筆やナイフも使った。
削ったり、こすったりすれば、それなりに効果がある。

しかし、
リアルに描きたいのではない。感動は少し置いて、無難なところでまとめた。

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南魚沼車中泊スケッチ旅では、一番先に小出公園を目指した。実際に間違いなく1級ビューポイントだった。

一番先に描いたスケッチなのだが、油彩作品にするのが一番最後になった。絶景を作品にするのは難しいのだ。


DSCN4718
魚沼 (油彩 F8)

下塗りの段階ではいい感じだったが、とうとう3回も描き直した。それでもイマイチだ。どうしても越後3山を描き過ぎて、バランスが悪い。

主題は越後3山を含めた魚沼盆地全体なのだ。
3山の絵具を削ってみた。
しばらくながめ、また描き直そうと思っている。


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福利厚生の良い会社に30年ほど勤めた。独身の頃、越後湯沢の保養所に、絵の仲間と泊りがけで来た。保養所は川の近くにあり、橋の上から河原を描いた。

DSCN4706 (640x480) (400x300)
写真のメモ 昭和43年(1968)7月
 

越後湯沢だから、たぶん魚野川だろう。この辺りで大源太川が合流する。大源太川だったらもっと嬉しいのだが、5,60年前のことだからよく分からない。大源太川とは、豪快な名前だ。
 

転勤の多い会社だったから、全国各地に社宅が多数あった。勤務する事業所は拡張中で、5階建の社宅2棟50戸が新築された。既存の社宅にいた引っ越しが容易な若い夫婦が入居した。その頃の釣り仲間は、生まれた子に源太と名付けた。 

DSCN4705
大源太 (油彩P10)

大源太山は登山者に人気の山らしい。実は、どれが大源太山か分からない。正面に描いた山ではないことは確かだ。写真検索すると、一番左の山らしい。実際はもっと急峻で形が良い。甲斐駒と摩利支天まで山容が似ている。

 

時が流れ、とうの昔に保養所はなくなり、社宅も解体された。全く関係ないけど、今回、大源太を描いて、そんなことを思い出した。

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会社時代、設計部門で要求仕様書というものを、メチャクチャたくさん書いた。見積金額に関わるので、必要なことだけを正しく伝えなければいけない。必然的に短文で書いた。

その習慣で、普通の文章も短文で書くようになった。ブログもそんな感じだ。読者は、味のない文章に感じるだろうな。

南魚沼の朝Ⅱ
南魚沼の朝Ⅱ(油彩 P10)

このスケッチを描いた時のブログは、次のように書いている。
「5月なのに朝方は5℃まで下がった。散歩中の人は先に挨拶をしてくる。トラクターのおじいさんも愛想がよかった。田舎の人は穏やかだ。」

道の駅の売店で、南魚沼産のコシヒカリを売っていたが、年金暮らしの妻の主婦感覚では、買えなかったらしい。

「あのトラクターのおじさんが作ったのかもしれない。主婦感覚ではなく、もう少し旅を楽しんでも良かったのかな。」と苦笑いをしていた。


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